こんにちは(^o^)
繊細過ぎて壊れやすいガラスのココロを持つハルっちです。
ボクは社交性に問題を抱える自閉症スペクトラム(ASD)という障害を持っています。
ASDは独自の世界観を持っていて、考え方や感覚が特殊過ぎて定型発達者からは理解できない問題に直面していることが多い。
よくあるんです。思いもかけないたった一言でASDタイプをズタズタにしてしまうことが。
今回は、ASDタイプにはやってはいけないNG行為3つをボクの体験をもとに説明します。
ASDタイプの子供への接し方としても知っていてほしいお話です。
大事なコの幸せを願うなら…ASDタイプには絶対にやってはいけない③つの行為!
疑問系で叱る
語尾に「?」が付くような疑問系で感情を交えた叱り方。これはホントによく目にします。
例えば、
「どうしてこんな簡単なことができないの?」
「なんで、そんなことも覚えられないの?」
というような言葉です。
これはどちらかというと「叱る」ではなく「怒る」という意味合いで使われていて、怒った感情を相手にぶつけて自分の欲求不満を解消させようとしている場合が多いのではないでしょうか?
相手の気持ちを考えない自己中心的な言葉。そういう意味でもあまり使うべきではないと思います。
でもこれがASDタイプに向けて言い放ってしまったとしたら問題は更に深刻です。
ASDは空気を読むのが苦手で、言葉の意味合いをそのままの言葉で理解します。するとどうなるかというと、怒りの罵声であっても「疑問文」だと受け取って真面目に「解答」をします。
これも例に出すと、
「なんで遅刻すんの?」って怒ってる人に対して「朝寝坊したからです」とか「電車が遅れてたから」って正直に解答します。
そんで、更に怒りを増幅させ「言い訳するな〜!」……というのが一連の流れ。
ASDのボクからすると、質問に正しく解答したら余計に怒られたという結果…。マジで意味がわかりません。
ボクも同じような経験をたくさん積み重ねていても、こんな疑問文の叱り方に対する正しいリアクション方法が未だになっても分かりません。
文面通りの意味ではなく、ただ怒ってるだけとは割り切れません。その日家に帰ってもその記憶はずっと残っていて、あの時に分からなかった正解の回答を考え続ける思考ループに入ります。
結果的に、正解の回答を見つけることもできず、ただただ辛い記憶として頭の中に残ってく。そしてASDの特性により、こういった辛い記憶ほど忘れることなく10年とか20年とか残り続けます。しばしばその記憶がフラッシュバックして辛い感情を再体験した上、20年前のあのときの「正解の回答」をまた考え続けます。
つまり、辛い体験として記憶される。プラス解けない難問に悩まされる。それがヘタしたら一生続きます。
たったそれだけの事がそんなにダメージになるの?って驚くかもしれませんが、それがASDなんです。
ちなみに、ボクはこの手の辛い体験は30年経っても覚えてます。悔しさや怒りの感情も鮮明に覚えてます。
地味な割に破壊力抜群(゚д゚)!ASD特性その⑥〜あいさつができない〜
「普通」「あたりまえ」は絶対NG
ボクは定型発達者の言う「普通」と言う言葉がとてもキライ。今でもこの普通という言葉を廻ってよくモメるくらいです。アレルギー反応のようになってるのかもしれません。
「みんなそうしてるんだから、あなたもできて当たり前でしょっ!」「普通そうするやろっ!」って、みんなの言う「普通」を押し付けられる場面は、子供の時から今になってもよく体験しますよね。
これが子供の頃から日常的に続くとどうなるか?
ボクのようになってしまいます。
ASDタイプがよく陥る「過剰適応」です。
ボクの意見ではありますが、「過剰適応」はASDタイプの先天的な特性ではありません。間違いなく育ってきた環境の影響で植え付けられていく二次的な障害です。
できることなら、ASDのボクの子供も含めたすべての子どもたちに陥ってほしくない、文字通りASDにとって一番害となると言ってもいいくらい凶悪な障害です。
そして、その過剰適応を引き起こす原因は、間違いなく大人達の「普通」を押し付ける行為すべてだと思ってください。
過剰適応を簡単に説明すると、世の中の「普通」を押し付けられた結果、過剰に「普通」に適応しようとする行為。
「そんなん普通やん」「みんなそうやって生きてるで」とか思う方、よく考えてみてください。ただでさえ「普通」ができないASDです。定型発達者の社会適応とは全く次元が違う。
ネコに対してイヌのように生活しろって言うようなもの。
「普通、ワン!って鳴くんだからあなたもワンって鳴きなさい」って理論が通用するはずが無いですよね。そのくらい、ASDタイプは定型発達者と脳の構造に違いがあると思ってます。
それほど困難な適応を必死にやろうとしてるのがどれほど精神力やエネルギーを使うか想像できるでしょう。
しかも、過剰適応はASDとの相性が最悪です。ASD特性の1つ「過集中」が、過剰適応を更に加速させます。「普通の人」よりも「普通」であろうとします。
その結果、普通の人「ハルっち」です。
表向きは老若男女誰からも好かれる至って健全な普通の善人にみえますが、水面下では自覚できないストレスと葛藤でもがき苦しんで生きてきました。それは今もです。
ASDタイプが唯一ストレスから逃避できる方法は「過集中」です。ボクの場合は、なにかに強烈に集中するために集中対象も歪んできました。精神的にヤバい時期は自傷に過集中していました。
どうでしょうか?ASDタイプに世の中の普通を押し付けることがどれだけ危険なことが分かっていただけたでしょうか?
地味な割に破壊力抜群(゚д゚)!ASD特性その⑥〜あいさつができない〜
嫌がることを強要
ASDタイプの子供が嫌がっている場合、もしかしたら持っているASD特性が原因で「できない」可能性を疑ってみてください。
それがとてもハードルの低い課題だったとしてもASDには困難な場合がある。
例えば、
ボクの子供頃も現在のボクの息子も、挨拶ができません。家では活発に話して騒いでいるのに、朝学校に行き、すれ違う教師に声をかけられても「おはようございます」が言い返せない。
文字通り、声を出すことができないのです。
これもASDの子供の特性として存在するらしく、不安や緊張状態になると声が出せない「場面緘黙症」という症状です。
元気にあいさつしましょう!みたいな基本教育がボクたちにとってはものすごくストレスで、それができない自分に劣等感を植え付けます。
大人たちは、「ただの挨拶だから、できるでしょ」って言って、何十回も練習させられても不安や緊張は消えることがないのでいつまで経っても挨拶はできるようになりません。
当然です。その状況で挨拶ができるように脳の構造ができていないからね。
大人は、挨拶くらいできるようにならないと大人になったとき絶対困るって思って好意でそうしてくれているのかもしれませんが、機能的に不可能な事を「やりなさい」というのは教育ではないですよね。今ならハラスメントというのではないでしょうか?
感情的に嫌がってるのではなく機能的な不可能による拒絶反応だとしたら……。幼くて特に社交性が乏しい子供ならなおのこと、言語化してそれを説明することはできないので周りの大人が気づいてあげてほしいものですね。
ASDタイプとの付き合いに疲れる前に少しだけ助言
ASDタイプの子育てはASDのボクからみてもホントに大変だと思います。特性はお互い理解できたとしても、ASD同士だからといって同じ世界観で生きているわけではないからです。
どう接していいか分からず困ってる家庭は絶対に多い。ベテランASDのボクの家庭でさえそうなんですから。
そこでASD特性が強いことで様々な困難をやっとの思いで生きてきたボクからの助言です。
まず、ASDの考えを理解しようとしてはダメです。
子供や恋人のような大切な人だからこそ、お互い理解し合って生活できたらいいなと思いますが、ボクのようなASDタイプは第三者に理解できるような世界観をもってない。それはASD同士でも共有しようのない世界観ですから。キツイ言い方になりますが、定型発達の方に踏み入れるスキなんて絶対に無い。
更に、伝えたくても伝えられないASD本人もストレスになる。
無理なものを理解しようと努力するだけ無駄なんです。そうと知らずに追い求めていたら直ぐに疲弊してボロボロになってしまいますよ。
だからアスペルガーに対するカサンドラと言う構図が出来上がるんです。
ASDの子供がなぜ怒ってるのか?泣いてるのか?知ろうとしなくて大丈夫。○○したら泣いたという事実を受け入れるだけでいい。少し寂しいかもしれませんが、そのくらいの距離感のほうがお互いにダメージが減らせる。
そしてもう一つ、ASDを縛りつけてはダメです。
ASDタイプは自分の世界観の外からの些細な縛りに対しても敏感で強い拒絶反応が発生します。
「あ〜しなさい!こ~しなさい!それが将来のあなたのためだから!」って言っても、ASDの思考内では「今強要されている嫌なこと」と「将来の自分の損得」とが全く結びつきません。ただの嫌がらせを受けているだけと認識されてもおかしくないです。
つまり、第三者からの不必要な改変を受け付けないのがASDだと思います。他人の作ったルールなんて実行できない。だから頑固とか頭かたいって言われたりする。
じゃあ、放っておけばいいの?ってわけでもないのが、日本社会の辛いところですよね(^_^;)
なら、情報をうまく操作すれば良い。
すいません(‘ω’)意味分からないですよね?
説明すると、
ASDタイプがもし自発的に○○しようと思えば、他の何よりも強い実行力のあるルールになります。
だから、ASD本人の損得感情を利用し「○○したほうが利益がある」と論理的に判断するように仕向ければ良い。そのための情報を与えるだけでいい。
そして、その情報の重要度や利用価値は本人判断にまかせることです。
例えば、
「女の子に太るなんて言ったら嫌われるよ。だからそんな言葉絶対に言ってはダメだよ!」
ではなく、
「女の子に太るなんて言ったら嫌われるかもね。」くらいでストップしてください。
女の子に嫌われても良いのかイヤなのか、本人の意志に任せれば良い。
もし、嫌われたくないと自分で判断したら自発的に悪口を言わないようにしようと決めるハズです。
逆に、嫌われても良いと思ってるならその気持ちも尊重してあげればいい。
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