勉強ができるようになる正しいノートの使い方


こんにちは^_^haruです☆

みなさんはノートを使うことはあるでしょうか?

学生時代なら学校の黒板を書き写すためだったり、試験で良い点数を取るために教科書の大事な部分をキレイにまとめたりします。

大人にれば、ミーティングで上司の大事な話しを覚えるために書き出したり、新しいプロジェクトの内容をまとめたりします。

多くの人は、このように何かを記憶するためにノートを使うことが多いのですね。

では学生時代、試験勉強のためにノートを使って勉強して、うまく自分の頭にしっかりと教科書の内容を記憶させることができた人はどれだけ居るでしょうか?

一般的な人は、ノートに何度も何度も書いて無理矢理覚えようとしても、なかなか身にならずに苦労した人も多いのではないでしょうか?

見て、読んで、書いてもなかなか成果が出ません。それでも必死にそれを続けて努力する。なんとか頭に叩き込んでも試験が終われば、もうそれらの知識は頭の中から崩れて無くなっていく。

得られるのは努力した達成感だけです。

とても非効率的ですよね。

そこで苦労するから、塾や家庭教師に頼ることになってしまうのです。

でも実際には、塾などに頼らなくても、義務教育や普通の公立高校レベルのテスト範囲内ぐらいの教科書の内容を覚えることなんてそんなに困難な事ではありません。

「見る。読む。書く。」って非効率なノートの使い方で無駄に努力をさせられているから難しく感じるだけなのです。

 

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学校が教えるノートの使い方


みんな学校の授業を受ける時にノートを使うことになるのですが、ここで間違った使い方を覚えてしまっているのです。

学校では、教師が黒板に書いた大事なことをノートに書き写すことを強要されます。ノートを提出させられてしっかり板書できているかチェックされたりしますよね。

同時にノートの使い方の注意なんかも教えられます。

「ノートは後から読んで勉強できるようにキレイに書きなさい。」

「ノートに落書きしてはいけない。」

こんなこと当たり前だと思いますよね。

しかし、これらの教えが人の能力に蓋をしてしまうことになります。

まず前提として、学校はノートの使い方を「メモ帳」として使うことを強要しているのです。だから、みんなノートにはメモすることしかできなくなるのです。

このメモするという行為は、自分の知識として情報をインプットするには全く意味がないのです。

「メモ」とはメモリーのことで、「記憶する」ことですよね。でも残念ながら、メモして記憶しているのはノートの中であって自分の頭の中ではありません。

黒板の字を見てメモする時に、使う脳の機能といえば、黒板を見て、文字を認識して、書くことです。

この時、記憶に関連する機能は全く使われていません。

つまり、メモするという行為は、字を書く練習や腕の筋肉のトレーニングぐらいの効果しか与えないのです。
そもそもメモ帳は自分で覚える気が無いものを記録しておくものなのですから「メモ」することと「記憶」することが結びつかないのは当然なのです。

そして何よりも、こうやってメモによって作られたノートは後々の試験勉強に役に立つことはありません。
なぜなら、そこに書いてある内容は全て教科書の中に書かれている内容だからです。

整った字で的確に書かれた教科書の方が読みやすいのですから、ノートは必要なくなってしまいます。

現に、後から見返すためにキレイに作ったノートも、作るだけ作って見返すことがないという人も多いのです。これじゃあ、キレイに作った意味がありませんよね。

このように、ノートを「メモ帳」として使っている以上、なかなか自分の知識として身につけることは難しいのです。

自分は勉強が苦手だとか、記憶力が悪いなどと思い込んでいる人ほど、時間をかけて教科書の内容をノート書き写していたりします。ノートに沢山の文字を書き込むことが勉強だと勘違いをしてしまっているのですね。

本来のノートとは


メモ帳としてノートを取ることが非効率な理由は、全然脳の機能を使わない動作だからです。

勉強に絶対に必要な「思考」という行為が抜け落ちているのです。自分の知識として確立するためには思考することが必要不可欠なのです。

思考が無い作業というのは受動的な行動です。与えられた作業を流れ作業のようにこなしてるだけなのですから自分の身になるはずがありません。

まだ、授業中にノートに落書きしながら板書している人の方が建設的。「落書き」は不真面目だと思われるかも知れませんが、それは「板書する」よりも確実に自発的な行為であり記憶には結びつきやすくなりますからね。

ノートの正しい使い方は思考ための道具だということを知っておきましょう。記憶するために使うのではなく考えるために使うということです。

教科書に書いてあることをノートに書き込むのは無意味。教科書に書いて無いことを書くのが本来のノートの使い方です。

それは流れ作業のようにはできない行為であり、必然的に「思考」が起こるからです。

思考することで得られた知識は簡単に崩れて消えていくことはありません。まさに「身に付ける」ことができるのです。

よく居るタイプで、高校の定期テストはそこそこ点数が採れるのに、実力テストになると全くと言っていい程点数が採れなくなるというような人がいます。
このような人は、思考により知識を身に付ける努力をせずに、ただひたすら非効率な詰め込みをしただけなのです。身に付いてない知識はその場しのぎですからすぐに消えて無くなってしまいます。

では、思考するためのノートにするには何を書けば良いのかを考えましょう。

例えば、感想や感情などは絶対に教科書には書いていません。

世界史なら、秦の始皇帝が中国をはじめて統一したという内容を読んで、どう思ったか?
すごいと思ったのはどうしてなのか?
万里の長城は今も残っているの?
それは中国の何処にあるのか?
旅行で行ってみたい?
行くとしたら旅費はどのぐらいかかる?

このような事は教科書には絶対に書いてませんよね。一見すると、学習とは全く関係ない事のようにも思えますが、感想や感情と関連づけて書くことで強く記憶に残すことができるようになるのです。

さらに、世界史のノートのつもりが地理に関連する内容も出てきています。
「万里の長城が何処あるか?」なんて世界史では必要ない情報だと思いますが、それをわざわざ地理用のノートに書き込む必要はありません。
このような違った単元での関連性を作る事で、より強く自分の知識として浸透させることができるのです。それは世界史の勉強をしながら地理の勉強も同時進行出来るようなものなのです。

そうしていくと、単元の壁を超えて、教科の壁も超えて、最終的には学習という壁まで超えてノートを作ることができます。

例えば、好きな漫画や映画の中にも、学校の教科書の内容と関連づけできるような情報がたくさんある事に気付くはずです。その感想でもノートに書き込んでいけばさらに完成度が高くなるのです。

はちゃめちゃな内容で、勉強のためのノートではないようなノートになるかもしれませんが、それで良いのです。目的は、「キレイなノートを作る」ことではなく、「思考して知識を身に付ける」ためなのですからね。

そして、このようなノート術は大人になってもビジネスで役に立ちます。
新しいビジネスのアイデアは、〇〇と△△の関連から生まれることが多いからです。その訓練にもなるというわけですね。

自分なりの思考するためのノートを考えてみてください。

「ノートはキレイに書かなくてはいけない」「教科ごとにノートを分けなさい」「黒板の内容をしっかり写しなさい」というようなルールに縛られているから、ノートは面白くもないただの作業になってしまうのです。

そして、その作業が成果として現れないから勉強が嫌になるのです。

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